チャペルの歩み 2023年

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   2023年 チャペルの歩み

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192 キリスト者よこの日を刻め ルカによる福音書 2:1-14

キリストの誕生祭・クリスマスの物語を、ルカ福音書は、辺境の地で羊の群れを飼う、羊飼いの信仰に焦点を当て、牧歌的雰囲気で包んでいる。それはイエスの先祖ダビデが少年時代に牧童をしていた話をとうして、先祖に繋がり、羊の群れを養うような牧師の名前が取られた。
また、その年が、紀元元年とされ、ローマ皇帝がアウグストゥスが支配する地域の人口調査の時であったことから、比較的平穏で、豊かな時代であったことが想像される。
これらの一切を知らない幼子イエスは32年ばかりの年月を生き、その最後の1年半ばかりを世に出て12弟子を中心に濃密な共同生活をし、教え、病を癒やした。「その他何もしなかった」とバッハは歌わせている。


191 今こそ来ませ異邦人の救い主

今日は、イエスの「エルサレム入城」の話です。
ロバの子に乗って、住民に迎えられた。受難物語の序章です。
クリスマスなのに、なぜ受難の話なの?という疑問についても話します。

190 起きよと呼ぶ声

 

 

189  「心と口と行いと命で」

マリアは、天使が、男の子が生まれると言う「受胎告知」を聞いて、2ヶ月ほど経って、親戚のエリサベトを訪ねて数日を過ごした、この「エリサベト訪問」が、今日の話になっています。
エリサベトは、預言者ヨハネになる子を身ごもったが、すでに高齢になっていて、その意味であり得ない体験をしていたわけで、そのあり得ないことにこだわった夫ザカリアは口を封じられて、生まれてくるまでまだ物言えぬ状態になり、世間の話題になっていたユダヤ教の教師でした。マリアはこのエリサベトに会いたい。聞いてみたい。その一心で山里に向かったのです。マリア訪問の祝日です。

このところをとらえて、1725年5月31日、「マリア訪問の祝日」に作曲したBWV147番は、おそらく最も有名な旋律を持つ曲であるだけでなく、その時のマリアの心境をストレートに表している点で、最も受け入れられ、好まれてきた曲と言えます。冒頭の合唱 「心と口と行いと命で」神を賛美しようと呼びかける。
マリアは、エリサベトと数日を過ごして、心が「決まった」、大事な瞬間、そう、「心で信じ、口で言い表して、行い、命もて」心身統一と言いますか、不安を払拭して、信仰を告白して生きていこう。
その最も美しい時をバッハがとらえている。マリアとともに、私たちも次の後半の言葉を、会衆賛歌・コラールの曲に乗せて、「キリストを証しよう。キリストが神であり救い主であると」歌います

188 神の時は最良の時

今日は葬儀の時に演奏されたカンタータです。教会暦に定められた聖句ではなく、自分で選んで歌詞にした聖句が三つ選ばれて、親しい友の追悼音楽となっています。
この世での時を終わり、亡くなられた方の死を「神が定められた死を迎える臨終の時」とし、仮に、この世で人生最大の苦しみの時であったとしても、どんな不幸な生涯であったとしても、定められたみ国に向かう旅立ちであり、人生で最良の時と言っています。
この世で辛酸を舐めたラザロが、祖父アブラハムの懐に安らいでいるところを、玄関先で物乞いするラザロを嫌っていた金持ちが、地獄の底から、見上げて、この悲運に納得したと言うイメージで語られてきました。
そのような観点に立つまで、何のことを言っているのだろうかと、人は思いますが、美しいメロディを浮かべて、音符に日本語の歌詞を当てて完成し、何度も暗記するほど聞いていくうちに、バッハが描いた人の「死ぬ瞬間」がくっきり浮かんできました。

 

187 宗教改革記念礼拝

宗教改革記念  1517年 M.ルターは、ローマ教会に対して95項目の提題をヴィッテンベルク城教会の入り口に貼りつけた。中には献金をたくさんしたら天国に行けると言う贖宥状に何の根拠があるのかと提起された問題があった。
これに対してローマ教会は1521年ルターを破門した。 ルターを支持する領主たちの助けを得て、改革運動は全国に広がった。
M.ルターの著作を読んだのは大学闘争でバリケード封鎖をした神学館の自治会図書室、わたしもその仲間に入れてもらって、図書室を居場所にして、本を読み始めた時だった。農民戦争について述べた箇所で、ルターの宗教改革を激しく妨害したミュンツアーたち。彼らを、殺せ、突き刺せ、焼き尽くせと、学生運動のアジテーションさながらに、ルターは激しく言っていた。
最近、バッハのカンタータの歌詞に、同じような言葉が出てきて、またびっくりした。 あれから200年過ぎたバッハの時代は、ルターは忘られて、形だけのルター正統派とそこから自由になりたい人たちが、せめぎ合っていたように、色褪せていました。バッハは独学で神学を学び、とりわけルターの真髄を汲み取って、音楽に表していました。そういう意味で、バッハの音楽・カンタータは100%強烈なメッセージ音楽といえます。宗教改革記念の讃美歌は、その意味で改革精神を呼び戻していたのだと思われます。


186 深い渕から


185  主を仰ぎ望む 詩編150


BWV150 「主を仰ぎ臨む]の直筆楽譜 「バッハカンタータweb」より
パブリックドメインで国際的には版権フリーになったとはいえ、各国での版権事情はあるので、その点は自己責任で扱ってください。版権のなかった時代の直筆楽譜も一定の権利があって、商業利用は法的手続きをしてください。非営利で使ってくださいと注意書き付き。


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183 曼珠沙華

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今年は曼珠沙華を写したい。
と思っている間に、テレビであちこちの開花のお知らせを見た。
うちのUR団地の垣根に黄色の花を見つけて、写そうと思っている間に第一バージョンが枯れはじめた。
しまったと思って、駐車場の屋上庭園をのぞいたら黄色がちょっと入った白の花が大切に咲いていた。この花を今週のホームページにした。
草原や畑に群生しているのは古典的な花で懐かしいが、狭い土地に植える花は芸術的珍品のようです。
その後、西鉄大橋のロータリーで見つけた赤い花は、車が行き交う通りにいっぱい咲いているが、見落としやすく、目に入った人はラッキーだ。

花いっぱい運動を展開している福岡市は通行人の心に花を咲かせて、喜ばれている。今年から団地の花園にも「花いっぱい」のカードが付けられている。


ミニチャペル 182  生きるに値しない命とは

中央 画像が小さくてすみません。
「生きるに値しない命とは誰のことか」 K.ビンディング , A.ホッヘ , 森下 直貴 佐野 誠訳 窓社 (2001)

本書は、1920年にドイツの著名な刑法学者カール・ビンディングと精神医学者アルフレート・ホッヘによって書かれたナチス安楽死政策や、優生学運動・優生思想、安楽死問題・安楽死思想の研究と思索を一歩でも前進させるために編まれたものである。封印されてきた禁断の書、「生きるに値しない命を終わらせる行為の解禁」の完訳。それを巡るナチス安楽死政策との結びつきを立証した論究と、ナチズムだけでなく安楽死一般の価値観に対峙する視点を探った考察を収録。 第1編 テキスト(法律家の見解医師による論評) 第2編 批判的評注(それはいかにして生まれ、利用されたか―法思想史的・歴史的観点から「生きている価値」とは何か―倫理学的考察)

左 「ディアコニー」
ドイツのキリスト教(プロテスタント)社会福祉の歴史
エーリッヒ・バイロイター著、山城順訳
ドイツのキリスト教(プロテスタント)社会福祉の歴史を、イエスの教えにさかのぼり、現代までを叙述している。 とくにルターの全信徒祭司の思想を外国伝道に対する、国内の福祉諸課題を教会の任務としてとらえた内国伝道の歴史。

安楽死作戦に対して患者を守ろうとした人たちの抵抗運動も、施設長ポーデルシユヴインクの立場から、詳しく記している。

右ナチスドイツと障害者「安楽死」計画
ヒュー・グレゴリー・ギャラファー、 長瀬 修 中西 喜久司 文理閣 2002
ナチスドイツがヨーロッパを戦禍に巻きこむとともに、600万人のユダヤ人を抹殺したことは、あまねく知られているが、同時に国内の35万人を超える心身障害者に断種手術や「安楽死」を施したことは、一部の識者以外あまり知られていない。本書は本邦はじめて紹介する資料を駆使し、ナチスの蛮行を検証するとともに、反戦・平和・人権と障害者問題について訴え、ネオ・ナチズムの台頭に警鐘を鳴らす。


ミニチャペル 181 カンタータを和訳で聞く

カンタータ BWV2 「ああ、神よ 天から見て」
バッハのカンタータの歌詞を和訳で聞くと、意味がわかって、バッハに親しむ最短近道と思い、取り組んで5年になる。200曲の60曲を終えて、
さあ これからどうする。
1.BWVの順番通りにするか、
2.成立順にするか、
3.教会暦順にするか。
一つに決めると単調になるとつまらなくなるかもしれないと、不安にもなる。 まず、BWV順に2番と決めて、いざ開くと楽譜が欠落だった。探していると、ミューズスコアの作品投稿欄から、整理したバッハカンタータ一覧にあった。どのようにして作ったのかはまだわからないが、6曲の楽譜をダウンロードして、
全6曲が出来上がったので、そのメモを書いておきたいと思った。
・バッハは単旋律の通奏低音をつけたかが、新musescore4はpiano reductionをつけているという。これってなんだ?となって、和音を付けてピアノ系のチェンバロやハープも許容して、通奏低音の拡張をしている。確かに低音部がにぎやかになったが、どうなんだろうか?
BWV2 (第2,3,4曲)を聞いていただいて感想をいただければありがたいです。


ミニチャペル 180 表紙 法隆寺と中宮寺

法隆寺と中宮寺

木の脇先生を奈良の生駒市に訪ねて一泊したことがある。時間の合間に、法隆寺で両側の仁王像がストップと言っているようなスケッチをし、法隆寺とペアになっている中宮寺で何だかホッとするような光景を描いた。袴姿で日傘を指して歩く女性。男子の学校に対する女子の学校だったそうで、法隆寺はこのペアで見るのがいいのではないかと思った。1400年も昔に人を育てる教育・修道機関の跡が見れるなんてラッキーだと思った。


ミニチャペル 179 愛する神わたしはいつ死ぬのでしょうか 表紙解説

もう9月になるのに、暑いですね。今回はテーマに関連したカンタータの画像を 予定していましたが、わたしの画像アルバムを開くとクリスマスに使ったなつかしい あれこれが目に飛び込んで、引きづられました。イエス誕生の美しい光景。それは、 貧しい馬小屋との対比で比較を絶するものになっています。貧しい親子と、ロバと羊 、3人の博士がはるかな旅のはてにたどり着いた開放感、または達成感。 どれも私たちの人生に深く寄り添っていますね。ミニチャペル合唱団とオーケストラの図です。
さて、「愛する神わたしはいつ死ぬのでしょうか」 BWV8の第1曲合唱の解説で、12分の16と書いて、8分の12拍子に訂正しましたが、yotubeでは別途に訂正しています。この8分の12拍子は、分子の12を3連符で4拍扱いにし、4分の4拍子と計算するそうで、現在ジャズやブルースで多用されているそうです。


ミニチャペル 178  思いわずらうな  表紙解説

1984年ハイジの里 「アルプスの少女・ハイジ」
    子どものテレビ番組を3人の子が見るたびに一緒に見た。 ハイジが大都会のフランクフルトの富豪の娘クララの相手をするために住み込み、塔に登って生まれ育ったアルプスの景色を探し、心を病んで、ふるさとに帰ってくる。その後を追って、クララがマイエンフェルト駅で降りて、ハイジの山小屋にたどり着いた。その山小屋のモデルになった小屋をスケッチした。 車イスのクララは山の起伏で、転んだが、不意に立ち上がる。物語の圧巻をなすこの場面で何度も感動した。山が与えてくれる自然の力を誰でも感じたことでしょう。家庭教師ロッテンマイアーの規則づくめの教育なんか吹っ飛んでしまっている。作者ヨハンナ・スピリは書き上げるまで、この地に住んだ。
当時、日本キリスト教団とスイスの宣教師交換プログラムで、スイスのベツイコンにいた藤原一二三先輩を訪ねて、そこで聞いたハイジ情報では当地のテレビの物語はとても暗いそうで、日本のアニメは評判だとか、いうことでした。
5枚描いて、駅前の食堂で辛いと評判の食事をした。店員さんに見せると「あなたが描いたの?すばらしい」と言ってくれた。その中の一枚クララが前日一泊したバート ラガッツ、温泉が出る保養地でわたしも一泊して、クララの想いに浸った。

上:バート・ラガッツ駅  クララはここの温泉で前泊し、翌日ハイジの里にむかった。
下:中腹
上:ハイジの里
登り口
下:かなり登って

 


ミニチャペル 177 来ませ甘き死の時  表紙解説

表紙左図 なぜわたしが」危機に対処する8段階 について
事故や病気などの災難にあい「なぜわたしが」という自問自答、克服できた人と出来なかった事例を8段階で記している。
1.初期段階 1.わからない、2.状況の確認、3.周囲への攻撃
2,通過段階 1.交渉・取引、2.うつ状態
3.目標段階 1.受容、2.活動、3.連帯

「八つの段階(phase-フェイズ)」について
段階といえば一段ずつ上り、下りするイメージがある。
本書で、局面とも訳されるphaseはつかみどころのない「変容」の意味がある。近年、コロナ感染状況を伝える専門医によって「フェイズ」ということばがたびたび聞かれた。実際につかみどころがない面をあらわしている。
キユブラーロスは、死を受容するまでを「5段階」に定式化することによって広く読まれた。「死の医学の序章」のなかで当事者となった西川医師は、自分は行きつ戻りしてロス理論のようではないと、異論をのべていたが、このような意味で、本書のphaseは、わかりやすい。このような議論を踏まえて「段階」と訳しかつより正確に、変容していく「局面」と二通りにしています。

表紙右図、危機に直面した人の世界の記録
著者シューハートは危機を体験した人の記録を6千冊集めた・そのなかの2千冊を本書に反映したという。その本の世界的分布図です。
日本は2冊となっている。一冊は大江健三郎の脳に障害をもって生まれた長男をめぐる「個人的な体験」、もう一冊はだれのものか不明です。この文献目録は、英語またはドイツ語に翻訳されたものであって、外国語訳されていない日本の本はたくさんあります。私がちょっと調べた日本の記録では少なくとも2000冊はあり、もちろん数知れぬ記録があるのでしょう。例えば広島・長崎原爆の記録、公害被害者の記録、差別事件等。本になっていない記録も。

人生の旅路を理解する上で役に立つでしょうと、著者がいうように、
過去・現在・未来の私を見る視点を与えています。

 

 

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