チャペルアワー

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     218  6月9日           チャペルアワー

 

曙の翼を駆って
詩編 139:7-10 

どこに行けば あなたの霊から離れることができよう。
どこに逃れれば、御顔を避けることができよう。
天に登ろうとも、あなたはそこにいまし
陰府に身を横たえようとも 見よ、あなたはそこにいます。
曙の翼を駆って海のかなたに行き着こうとも あなたはそこにもいまし
御手をもってわたしを導き 右の御手をもってわたしをとらえてくださる。」
詩編 139:7-10

 


曙は、眠りから覚めようとする明け方です。
神の影響から逃れようとして、翼をはばたかせて飛びたっても、
孫悟空が結局おし釈迦様の右の手と左の手の間を行き来していたことを知るように、神から逃れうるものはいない。
自由意志を与えられた人間が、自分の思いのままを実現しようと、自己実現の世界を造り、自分を神とする世界の中心人物になったとしても、
また神の創造になる世界と別世界を打ち立てようとして、神を離れたとしても、結局、造り主なる神と向かい合う瞬間が訪れる。
神に造られた被造物として、神に向かい合う、その瞬間がくる。

神によって造られた被造物は、造り主なる神との生命の結びつきを幸いとする。
そこに充足がある。「先ず第一に、神の義を求めなさい、
そうすれば必要なすべてが添えて与えられる。」
(マタイ6:33)。思い煩いを捨てて、神の義の中を生きる。神との命の結びつきを生きる。
そこに充足がある。
砂浜の一粒の砂であってもよい。
満天の星の一つでも、御手の輝きを輝かせている。
そのように神の創造を共に喜び共に生きる。
造られたものの生命体を構成する一つであることに、満足できます。
自分だけが優れているとか、抜きんでているという。
そのことに力を注ぐ必要はありません。

ところが、人は創造の源を離れて、自立をめざす。
神が自由意志を与えられたからだ。
こうして、人は被造物を「もの」と考えるようになった。
互いを尊重すべき命だとする感覚が薄れ、互いを利用する「もの」とする。
現代の科学は目覚ましく進歩したが、まよっている。
命について、死について、科学はなにも決めることができない。
命について、死について、迷走している。
人が人となる瞬間はいつか。人格をもち始める時はいつか。


命について共通理解は、ありません。
人が死ぬと、死亡届をだします。
墓地埋葬に関する法律によると、死産の場合、妊娠四ヶ月をすぎると
死亡届を出す法律があります。
妊娠四ヶ月になっていなければ、死亡届をださなくてよい。
この法律は四ヶ月になっていない胎児を一人の命、一人の死とは認めていない。
そういう考えを示しています。120日を超えると人間だというのです。
ところが、もう一つ優生保護法によると妊娠満23週までは中絶してよいが、24週、168日を超えるとできない。人の命になる日が法律によって48日も違いがある。


命について真剣に考えたのではなく、中絶する母体が耐え切れる限度を、
便宜的に120日、そして168日日として決めたのではないでしょうか。
人の命を当事者からではなく、ものと考えているのです。

 □
同じように、死の基準も、人工呼吸器の発明によって覆され、
脳死を人の死と認める法律になりました。
伝統的には、瞳孔の反応がなくなり、呼吸が停止し、脈拍が止まる。
三つの兆候によって死を確認してきました。
瞳孔の反応がなくなったが、心臓と呼吸は持続している、
脳死を人の死とすることになった。
延命技術を持つことになって、人は生命を操作できると思うようになりました。
命をものと考えているのです。
キリスト教はこうした生命問題について何もいわないのでしょうか。
カトリックはバチカン教書の中ではっきりと「受精の瞬間から人格を持つ命が始まる」
という姿勢を明らかにしています。
何かの権威とか権力において、こうだと断定するのではなく、
命を神様の命との結びつきにおいてみる。
この結びつきを離れると、人の命は「もの」として利用し、利用される対象となります。
造り主なる神の、創造の命に結ばれている。そこに、とどまらなければならない。

支持率を20%に落とした政権は、  打ち出す政策のたびに下落する原因をどう考えているのでしょうか。  情報を保護して個人を守るマイナンバーカードが、その下請け作業において、  単なる誤入力だけではなく、恣意的な大量流出や、C国人の大量偽印刷が発覚している。  国民の人権尊重ではなく登録したら何万円で釣る。と言う対応に見られる、  国民を物として扱う為政者の思想が丸見えになっています。  国民は自分が丸裸にされて扱われることに、納得しない。それが支持率下落そのものです。  第二次大戦中に、マイナンバーを人体に刺青されたユダヤ人の屈辱は、忘れられてはいません。  人を人格として尊重する政策を打ち出してほしいものです。  支持率はここにかかっていると思ってほしい。

 

 

今日の祈り
季節は梅雨に入ったようです。健康に気をつけてすごせますように願います。

長引く戦争はウクライナからイスラエルに広がり世界の経済は停滞し、

世界中が窮乏化しているように見えます.人類がこの経験から、 開かれる未来を分断による強弱でなく、共存による平和の方に向かっていくことを念願します。

この祈り、主イエスキリストのみなによってお捧げいたします。

 アーメン


 

 

 

季節のカンタータ

BWV71 神はわが王

第2曲 わたしは今や80歳

ダビデは40才になった息子アブサロムの裏切りにあい、亡命生活をしていた頃、ダビデを匿ってくれた富裕なバルジライに助けられた。やがてアブサロムが戦死し、エルサレムに帰還する時が来た。ダビデは大変世話になったバルジライを連れて帰り一緒に住もうと言った。しかし、「バルシライはわたしはもう80歳になります。父母の墓のそばで暮らしたいのです。自分の代わりに息子をを連れ行ってくださいと言って固辞した。」
サムエル記下 19:33-38

このエピソードをバッハは本曲BWV 71「神はわが王」の第2曲に取り入れた。バッハは、1702年、22才の12月に、ミュールハウゼン市ブラウジス教会オルガニストの任命を受けた。ところが、その三日後に400軒が被災する大火が起こり、しかも市長宅のモルタル塗りの屋根から出火した。三つある教会の二つも被害を受けた。その渦中にバッハは結婚したばかりの妻と引っ越してきた。大変な年明けとなり、2月4日に市の新参事会員の就任式が行われた。このために「神はわが王」BWV 71を作曲、演奏した。