本のひろば

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       本のひろば  
 

ようこそ本のひろばへ
必要な時、興味が湧いたとき
目を通したり読んだ本ですが、よく読んだときに
書き記したものをほり起こしてリサイクルしています。
最近は読むといえはPCや本を読むiPadで
紙の本はごく少なくなりました。
久しぶりの掲載して、気持ちを新たにしています。

 

 
 クララとお日さま カズオ・イシグロ
主人公AF(人工友達)のクララはもう1人のローザと、AFを販売する店のショーウィンドウで、パートナーとなる買い主を待っている。彼らは太陽光のような光を身に受けて生きている。ちょうど太陽電池で走る車に充電するように、高層ビルの谷間にさしてくる短時間の光でも身に浴びなければ生きていけない。店内のショーウインドウからみえる表通りには、すでにパートナーとなったAFと歩く人の姿が散見される。
母親と店を訪れたジヨジーは主人公クララを気に入ってくれたが、親との話がつくまで待っていてねと言って分かれたきり、現れない。その間、一緒に店に来たローザはパートナーとして引き取られていった
 
モ モ」ミヒャエル・エンデ 岩波書店 2005
ある少女が町はずれにある古代遺跡を住まいにし、町の人たちと交流し、様々な不思議なことが起こる。モモは人の心を聞き取る不思議な能力をもって、癒し、安らぎを与えてくれる。会う人は皆、モモのことを好きになっていく。ところでモモは「時間泥棒」と戦いとり戻そうとしている。例えば、私たちは働いて時給1500円に上げろとか、代価によって、心満たされ、癒やされたりはしない。半分は税金に抜かれるから。疲れと空虚感漂う時間泥棒に酷い目にあっている。と言うように読める。どろぼうに抜かれた時間と人生をとりもどす基本は、話して心を明け渡し、明け渡された心を、こころにつつむことではないでしょうか。一日中道路掃除をするペツポ爺さんは、大変でしょう、つまんないでしょうと言わんばかりの人たちに、そんなことはない「一掃き、ひと掃き心を込めてやっているのだよ」と言った。そのひと掃きに自分あけ渡したり、奪われたりはしていないベツポさんと言うように、現代の問題を深く掘り下げた作品です。
 
     
小説「1984」
若者に読まれているベストスセラー小説「1984年」に、真理省につとめ、歴史改ざんを仕事にする主人公が出てくる。気分悪くなるような話だった。1949年にジョージ オウエルが書いた未来が日本で現実となっている。ナチスに倣えといった首脳も最後の時を迎えている。するりと逃げられないように、屈服させられている司法も元気に活躍してほしい。お願いしたい。2018/03/06
 
     
小説「1984」
若者に読まれているベストスセラー小説「1984年」に、真理省につとめ、歴史改ざんを仕事にする主人公が出てくる。気分悪くなるような話だった。1949年にジョージ オウエルが書いた未来が日本で現実となっている。ナチスに倣えといった首脳も最後の時を迎えている。するりと逃げられないように、屈服させられている司法も元気に活躍してほしい。お願いしたい。2018/03/06
 
   
     
     
子宮の記憶  春秋社編集部  春秋社  19921120
アメリカのある臨床心理学者が心身に問題のある患者に催眠療法を行ううち、自分の生まれたときこのことを語る患者に出会った。心理学者はそれまで人にそうした記憶が残っているとは考えていなかったが、患者たちがあまりたびたび口にするのに興味をもった。記憶を取り戻した患者は、どうやら治癒に向かうらしかった。
 
     
胎児は学ぶ  エンゲル  大修館  19931120
26週から40週にかけて胎児が成熟していくのにともない、聴覚の刺激に対して胎児が反応するのは、「胎児の中枢神経系の機能がかんせいすること」を示す。(ガグノン他、1987)。すなわち、人間の近く・感覚は、お腹の中で発育している時期に形成されるのである。・・・新生児を二人の女性の間に顔を見られないようにして置き、同時に二人の女性が話しかけると、その子は母親の方を向く。つまり、新生児は明らかに母親の声を認識している。それは生まれる前から聞きなれた声だからである。
 
     
誕生の記憶  春秋社編集部  春秋社  19921120
アメリカのある臨床心理学者が心身に問題のある患者に催眠療法を行ううち、自分の生まれたときこのことを語る患者に出会った。心理学者はそれまで人にそうした記憶が残っているとは考えていなかったが、患者たちがあまりたびたび口にするのに興味をもった。記憶を取り戻した患者は、どうやら治癒に向かうらしかった。催眠下の患者たちは自分の誕生についてじつにこまごまと語った。
 
     
 記憶する心臓 ある心臓移植患者の手記 クレア・シルヴィア著
心臓移植後におこった数々の不思議な体験。生命の奥深い神秘に迫る衝撃のノンフィクション。
原発性肺高血圧症という難病におかされ、心肺同時移植手術を受けたクレアは、
手術後、自分の中に別の誰かが存在していると感じ始めた。
 
     

「アドルフに告ぐ」の中に挿入された話、ユダヤ難民が日本にたどり着き、日本から上海を経由してアメリカ・カナダへと通過したという話はフィクションではない。一九四一年七月から翌年5月まで、約11月の間に、四六六四人のユダヤ人難民がシベリア経由で日本にやってきた。横浜、神戸の在日ユダヤ人が中心と救援活動に奔走した。とくに、中田重治を中心とした東洋宣教会ホーリネス教会の関係者はユダヤ難民を親身に世話した。

当時、外交官としてリトアニアで任務に就いていた杉原千畝(すぎはらちうね)は六千枚の通過ビザを書いたという。ポーランドからリトアニアに逃れてきたユダヤ人難民のために、迫り来る危機のなか、領事館が閉鎖される直前まで、力をふりしぼってビザを書き続けた。また、リトアニアを去るときも、駅で汽車に乗ったあとからも懇願するユダヤ人のために書き続け、汽車の窓から手渡したという。そのビザはアメリカの南、メキシコ湾にある小さい島、オランダ領キュラソー島を目的地とする通過ビザであったので、「キュラソー・ビザ」と呼ばれる。キュラソー島は税関がなくビザを必要としない島である。窮余の一策を思いついて、このようなビザを発行した。杉原千畝氏は六千はビザを書いたという。このビザによって、そのなかの4664人が日本に来たということは、驚くべき奇跡である

 

 
     
ジョイ・コガワは、はじめ「OBASAN」(おばさん)という本を出版した。一九八三年、その本は発売されるとたちまちベストセラーになり、「カナダ文学賞」「全米図書賞」を受賞した。カナダ文学賞を受賞したとき、次のように語った。「私はこの本で、私にとって、ひじょうになつかしく、忘れることのできない人びとをとりあげました。日系カナダ人です。  
     
     
     

なぜわたしだけが苦しむのか
幼い息子が奇病にかかり十余年の命と宣告される。

理不尽と思える不幸にみまわれたラビ(ユダヤ敦の教師)が絶望の淵で問う。

神とは、人生とは、苦悩とは、祈りとは何か。自らの悲痛の体験をもとに旧約聖書を読み直し、学びとったことを透徹した理論と澄み切った感性で綴る。

人生の不幸を生き抜くための深い叡知と慰めに満ちた書。

 
     
     
荒れ野の40年―ウァイツゼッカー大統領演説全文
1985年、ヒトラー・ドイツ降伏40周年記念に際して、リヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカーは「荒れ野の四○年」と題して演説を行い、「救いの秘密は心に刻むことにこそある」といった。心に刻むことであって、「密封することではない」。この演説はドイツが進むべき方向を世界に示したもので、日本でも岩波ブックレットほかいくつかの翻訳出版がなされ、話題となった。荒れ野の40年とは旧約聖書の出エジプトの民がその不信仰と罪のゆえに、約束の地を目前にして、40年の間荒野を放浪した。ドイツの戦後40年を出エジプトの民にたとえたもので、歴史認識の基礎を解き明かしている。
 
     
 「人は成熟するにつれて若くなる」 ヘルマン ヘッセ
ナチスに反対して作家活動を攻撃され、スイスで過ごした。ノーベル賞を受けたが、心の病で苦しみ家庭的には幸福だったとは言えないが、今ヘッセが読まれているのは、心の苦しみを持つ人たちが、自分のことを分かってくれていると感じるからだ。人間の弱さと正直に向き合った、その生き方と文章は、今新たな光を浴びている。人はみな老いていく。夕日の暖かみのようなものが正当に評価されている。
 
     
「庭仕事の愉しみ」
同じくヘッセの「庭仕事の愉しみ」。心温まるスケッチが10数点はいっている。
庭仕事は瞑想である。草花や樹木が教えてくれる生命の秘密。文豪ヘッセが庭仕事を通して学んだ「自然と人生」の叡知を詩とエッセイに綴る。自筆水彩画を多数挿入。
庭にて/九月/幼年時代の庭/青春時代の庭/外界の内界
弟に/ボーデン湖のほとりで/花のいのち/嵐のあとの花/花々にも〔ほか〕
 
     
「戦争・ナチズム・教会」 河島幸夫著  1993、新教出版社
「人の生活に重大な影響を及ぼす」政治学を専攻する著者は、ドイツにおけるキリスト教、とりわけ戦時下の福音主義教会が歩んだ道を考察する。 特にヒトラーが「生きるに値しない命」として、20万人の障害者の「安楽死」抹殺を進めた時、患者を預かっていた福祉施設の指導者たちはどのように迎合したか、または抵抗したか。患者抹殺に手を貸したか、患者を守り抜いたか。施設「ベーテル」の抵抗の事例を詳細に検証している。
 
     
ヒトラーのもとで行われた、ユダヤ人虐殺と、これをひきおこしたすべてを第一の罪とすれば、「第二の罪」とは第一の罪をごまかし否定することである。ラルフ・ジョルダーノは彼の著「第二の罪」の中で右のように言っている。そして第二の罪は、今日にいたる戦後西ドイツの政治文化の本質的特徴だという。(同書9頁)ユダヤ人を母として生まれたジョルダーノは多感な少年時代をナチスの暴虐の中に耐え抜いて生きた。解放の暁にはドイツを離れようと堅く決心していたが、解放されてみると、この地に踏みとどまることになった。  
「死の日記」への序章   柳田邦男  新潮社 1986
自らがんによって死んでいった医師の手記を、柳田邦男が編集して生まれた「死の医学」。患者の立場から、病気を見つめ、患者中心の医療を訴える。ちょうど、エリザペス・キューブラー・ロスの「死ぬ瞬間」が発行された時代でもあり、自分の場合は死に至る人がたどる心の五段階が、順番どおりでなく入り混じるといって批判したりする。 かけがえのない人生の週末の瞬間は、病院の一室に閉じ込められ、「死」は日常化に切り離されようとしている。より深き生の充実のためにもっと「死」を思いたい命の刻む音を聴きながら自らの死をみつめ、記録して逝った精神科医西川喜作の模索のあとを辿りつつ思考する「死の医学」表紙扉より。
 
     
犠牲(サクリファイス)―わが息子・脳死の11日
「脳が死んでも体で話しかけてくる」。
自ら命を絶った25歳の息子の脳死から腎提供に至る最後の11日を克明に綴った感動の手記。
冷たい夏の日の夕方、25歳の青年が自死を図った。意識が戻らないまま彼は脳死状態に。
生前、心を病みながらも自己犠牲に思いを馳せていた彼のため、父親は悩んだ末に臓器提供を決意する。医療や脳死問題にも造詣の深い著者が最愛の息子を喪って動揺し、苦しみ、生と死について考え抜いた11日間の感動の手記。
 
     
 精神病院の起源 小俣和一郎  講談社現代新書
ヒトラーに心酔したユング、ナチ党員だったハイデガー現代思想史上に輝かしい足跡を残した「知の寄与人たち」の知られざる暗部かいま明される。「アーリア人」人ユングーーーフロイトはユングのオカルト現象や宗教への興味に危険性を感じ、ユングはフロイトの性欲説一点張りの頑固さに辟易していた。 1913年、二人の対立は決定的となり、ユングはIPV会長を辞任するユングは「一種の心理的危機に落居の、第一世界大戦が終了するまでほとんど引きこもった生活を送っていた」と多くの評伝は伝えている。しかしながらまさにこの時期、永世中立国であるスイス国民のユングは、ドイツの敵国イギリス・フランス人捕虜収容所で衛生士官の軍務についていた。その時の写真には、生き生きとした表情のユングがはっきりと写し出されている。
 
     
 自然・人生・宗教」佐藤俊男<br>
「昨年、1997年3月31日、佐藤牧師は半世紀にわたって奉仕された福岡社家町教会を退任された。生死を分ける戦場(中国の山奥・ニューギニャの密林)での極限状態を生きき抜き、人間と宗教の問題を根底から見直してこられた先生によって、私たちはいわゆる教会という枠内での制約から離れた自由な雰囲気の中でキリスト教の本質について学ぶことができた。
また一哲学徒としての立場を固執してこられた滝沢克己教授(主に西田幾多郎、カール・バルトの研究)が、ご夫妻で受洗されたのもこのような雰囲気のもとであった。
 
     
 精神の遍歴 竹下夢ニ  関谷定夫著  東洋書林 2000
大正ロマンを代表する放浪の抒情詩人画家・竹久夢二は、徹底した民衆派の美人画家として、今日、多くの人びとを魅了している。その彼が女性遍歴でいろどられた頽廃画家というそしりを受けている反面、若き日に平民社に出入りし、反権力、反戦的社会主義者としてたえず特高からつけねらわれていたという経歴の持ち主だったことも、今ではよく知られている。筆者はつい最近まで夢二についてはほとんど無知に等しかったのであるが、ふとした動機から急に、彼の波瀾にみちた人生の軌跡を追わざるをえなくなった。
 
     
     
     
グスタフ・ユング (1875-1961)
スイスの心理学者。精神病理学者。コンスタンツ湖畔に牧師の子として生まれた。バーゼル大学で医学を学ぶ。一九〇六年以来フロイトと交流を深め、精神分析学会の初代会長となる。後にフロイトと別れ、分析的心理学派を作る。始めフロイトに共鳴したが、リビドーを性的なものに限定することに反対して広く心的エネルギーとみなし、性格を内向・外向の二型に分けたことは有名である。夢の解釈も過去の経験に限ることなく、未来を予告する働きを持つものとした。彼は無意識を、フロイトの個人的なものに対して元始よりの種族的な経験の集積とみなし、「集合的無意識」と名づけた。彼の深層心理学は神秘的な内容を含んで難解であるが、宗教心理学、牧会心理学にとって多くの有益な示唆を与えるものである。
 
     
「人間の大地」  犬養道子   中央公論社 1983年
国連の難民高等弁務官のスタッフとして長年難民問題に取り組んできたレポートである。
「難民」とは、犬養氏によると近代的意味でパスポートを持たない、政治的・経済的理由で、母国を離れた人である。聖書の主要人物も難民であったと指摘し、クリスチャンはとくに難民問題に理解を示してほしいと訴える。確かに、アブラハムもヤコブも、ヨセフもモーセも、そしてイエス・キリストも生まれてすぐエジプト逃避という難民体験をした
 
     
人生の短さについて 他二篇  文庫 セネカ, Lucius Annaeus Seneca, 茂手木 元蔵
出版社からの内容紹介セネカ(前5,4―後60年)はローマ帝政の初期というひどく剣呑な時代に生きた.事実,かつての教え子ネロ帝から謀反に加担したと疑われ,自殺を命じられるのである.良く生きれば人生は十分に長いと説く表題作,『心の平静について』『幸福な人生について』のいずれもが苦境にたちむかうストア哲学の英知に満ちている.
人生の短さについて 心の平静について 幸福な人生について
 
     
パット・ムーアは、三年間アメリカの老人を経験し小説「変装」を書いた。メーキャップ・アーティストの手を借りて、二六歳の顔を八五歳の老女に見せる扮装術を身につけた。喉のたるんだ肉、目尻の皺といった特殊メイクを彼女は買いこんだ。頭には白髪のかつらをかぶった。重い矯正靴を履き、白手袋をはめ、杖をつき、特殊なクレヨンで歯を汚した。田舎のストアで買った安物の部屋着とショールをまとった。老女であると実感できるように、関節炎を効果的にみせるために指にテープを巻き、膝の裏に副木を当てて動きを制限した。その変装は完璧だった。変装してアメリカ各地の街中を歩いた彼女は、いつも無視され、粗暴に扱われ、死ぬほどたたかれた。・・・・・  
     
「絶対音感」   最相葉月著
「絶対音感」とは自分の中に基準音をもっていることをさす。それはドレミの「ラ」の音を覚えていて、これを基準にどんな音もいいあてる。救急車の警笛や飛行機の爆音を音階で聞いてしまうという。モーツアルトやベートーヴェンは絶対音感をもっていた。だから、小さいときからして訓練して、絶対音感を身につけるという教育が日本で行われてきた時代がある。ヤマハ音楽教室などで行われた。 ところが、そこから生じる問題は音階が分かるが、意味や情緒がかけていく。 「公文式」の算数の練習が技術的にはすばらしく熟達していくとして、その問題や意味を問わないという、問題と似ている。 絶対音(基準音)が、ドイツやアメリカなど国によって微妙に違う、その違いが気になって吐き気を催すような違和感を持ってしまうという。 絶対音感とはなにか、考えさせる
 

「なぜわたしが」 エリカ・シューハート著 山城順訳

人生の危機(病、事故)にあった人が、自分の人生をどのように受け止め、克服しようとしたか。 またはできなかったか。 自らの体験を記した6千冊の書から、八つの局面を上り下りするらせん模様にあらわした危機対処理論。目次から、B6版電子書籍として読めるようにPDFにしています。iPadなどのタブレット、またPCでどうぞ。ダウンロードもできると思います。

 

 

 

 

 

 「ディアコニー」エーリッヒ・陪臚いちー著 山城順訳

ドイツのキリスト教(プロテスタント)社会福祉の歴史をイエスの時代にさかのぼり、宗教改革を経て、これを教会の宣教課題となし、内国伝道の一環とし、戦中戦後をどのように担ったかを、敬虔主義の立場から論じた。
目次から、A5版電子書籍として読めるようにPDFにしています。iPadなどのタブレット、またPCでどうぞ。ダウンロードもできると思います。

 
     
「生きるに値しない命」とは誰のことか ―ナチス安楽死思想の原典を読む
カール ビンディング , アルフレート ホッヘ , 森下 直貴 佐野 誠訳 窓社 (2001)
本書は、ナチス安楽死政策や、優生学運動・優生思想、安楽死問題・安楽死思想の研究と思索を一歩でも前進させるために編まれたものである。封印されてきた禁断の書、「生きるに値しない命を終わらせる行為の解禁」の完訳。それを巡るナチス安楽死政策との結びつきを立証した論究と、ナチズムだけでなく安楽死一般の価値観に対峙する視点を探った考察を収録。
第1編 テキスト(法律家の見解医師による論評)
第2編 批判的評注(それはいかにして生まれ、利用されたか―法思想史的・歴史的観点から「生きている価値」とは何か―倫理学的考察)
 
     
子どもたちのホロコースト ローレル ホリディ、Laurel Holliday、 横山 緝子   小学館 1997
本書は、肉親と引き離された12歳から17歳の子どもたちが、ナチ占領下のチェコ、ハンガリー、ポーランド、リトアニアなどの強制収容所やゲットーなどで密かに記した日記を、編者が世界各国の資料館や図書館などから集めて編纂したものです。11人中5人の子どもたちはアウシュビィッツやポーランドの絶滅収容所で犠牲になりました。 子どもたちの日記には、ゲシュタポの絶え間ない嫌がらせに耐える毎日、生活必需品を手に入れる苦労、友だちや肉親が死の収容所に移されるのを目の当たりにする恐怖などが、生々しく率直に描かれています。
 
     
アドルフに告ぐ 手塚 治虫 、文藝春秋社、1958年
アドルフと呼ばれた三人の男を描く手塚治虫のまんがである。一人は在日ドイツ領事の息子 アドルフ・カウフマン、その友人でパン屋を父に持つユダヤ人アドルフ・カミル、二人は神戸で幼なじみであった。もう一人はナチスを率いたアドルフ・ヒトラー。この三人である。ヒトラーが政権をとり、ベルリンでオリンピックが開催された頃、数枚の秘密文書が日本に渡った。ユダヤ人を絶滅しようとしているヒトラー自身にユダヤ人の血が混じっていることを証明する文書だという。ヒトラーは1889年4月20日に生まれたが、その出生証明書には税関の検査官であるアロイス・ヒトラーと三度目の夫人であるクララとの間に生まれたことが記されている。また、ヒトラーの父方の祖父はフランケン・ベルガーと名乗る金持ちのユダヤ人であった。その息子は、召し使いとして働きにきた女性との間に子供を作った。マリア・アンナ・シックルグルーバーは四二才の時に私生児アロイス・シックルグルーバーを生んだ。ヒトラーの父親がこの人である。「あなたの血のはいったアドルフに一度あいに来てやって」と書かれた手紙は、アドルフ・ヒトラーがユダヤ人の孫に当たることを証明する書類として、ナチスが隠密裏に探していたものである。
 
     
夜と霧―ドイツ強制収容所の体験記録 (単行本)
V.E.フランクル(著, 霜山 徳爾(著 みすず書房 ,1985
ユダヤ人精神分析学者がみずからのナチス強制収容所体験をつづった本書は、わが国でも1956年の初版以来、すでに古典として読みつがれている。著者は悪名高いアウシュビッツとその支所に収容されるが、想像も及ばぬ苛酷な環境を生き抜き、ついに解放される。家族は収容所で命を落とし、たった1人残されての生還だったという。
 
     
それでも人生にイエスと言う V.E. フランクル, Viktor Emil Frankl 春秋社 1993
アウシュヴィッツ絶滅強制収容所から奇跡的に生還した著者が、解放直後の翌年に「それでも人生にイエスと言う」と話したことに私は衝撃を受けた。それが38年の年月を経て翻訳されたことも驚きであった。『夜と霧』の著者として、また実存分析を創始した精神医学者として知られるフランクル。第2次大戦中、ナチス強制収容所を体験をした。その後、人間の実存を見つめ、精神の尊厳を重視した独自の思想を展開した。
 
     
ナチスドイツと聴覚障害者―断種と「安楽死」政策を検証する (単行本)
中西 喜久司 (著)文理閣 (2002/10)
ナチスドイツがヨーロッパを戦禍に巻きこむとともに、600万人のユダヤ人を抹殺したことは、あまねく知られているが、同時に国内の35万人を超える心身障害者に断種手術や「安楽死」を施したことは、一部の識者以外あまり知られていない。本書は本邦はじめて紹介する資料を駆使し、ナチスの蛮行を検証するとともに、反戦・平和・人権と障害者問題について訴え、ネオ・ナチズムの台頭に警鐘を鳴らす。
 
     
第三帝国と安楽死―生きるに値しない生命の抹殺 エルンスト クレー著 松下正明訳 批評社 (1999/07)
病人の治療を使命としなければならない医者が、自らの職務として患者を殺害、それも治療の場としての精神病院でそれらが行われたという悲劇を論じる、ナチスによる安楽死問題の原典。ナチスドイツがヨーロッパを戦禍に巻きこむとともに、600万人のユダヤ人を抹殺したことは、あまねく知られているが、同時に国内の35万人を超える心身障害者に断種手術や「安楽死」を施したことは、一部の識者以外あまり知られていない。本書は本邦はじめて紹介する資料を駆使し、ナチスの蛮行を検証するとともに、反戦・平和・人権と障害者問題について訴え、ネオ・ナチズムの台頭に警鐘を鳴らす。
 
     
死ぬ瞬間」 死にゆく人々との対話
エリザベス・キューブラー・ロス  読売新聞社  1971年
死ぬ前に人間はなにを考えるか
死ぬ直前の心理は、恐怖か、迷いか、悔恨か。
死病にとりつかれた200人の絶望的人々に直接面接した「死に至る」深層心理の衝撃の記録。石、看護婦、宗教家、近親者など必読の書
 
     
「人生は廻る輪のように」  エリザベス・キューブラー・ロス  角川書店 1998年
本書は、キューブラー・ロスという たぐいまれな女性が20世紀を生きた稀有な愛とたたかいの記録である。すなわち、臓器移植、遺伝子治療、肉体の再生をもくるむ死体や脳の冷凍保存など、ひたすら「神への挑戦」に邁進する「人間の傲慢と愚劣の極み」とたたかいつづけた闘士の記録であり、侵略戦争、ナチズム、偏見、差別による犠牲者に身を挺して援助の子をミしのべた国際的ボランティアの記録であり、超一流の精神科医の臨床記録であり、科学技術と物質文明の時代から溝性の時代への移行期に生ミた科学者の観察記録であり、神秘家の修行の記録である。
 
     
戦争と罪責   野田正彰 岩波書店 (1998/08)
著者からの内容紹介
戦争の時代,そして戦後を通じて,日本人は「悲しむ力」を失い続けてきた.自己の行為に直面し,責任を感じる能力を取り戻すには,どうしたらいいのか.『喪の途上にて』で鋭い社会分析を行った精神医学者が,中国で残虐行為を行った旧兵士への徹底した聞き取りを通じて解明する,われわれの心の中の,欠落と抑圧の問題
 
     
ノルウェーの平和学者ヨハン・ガルトゥングが「構造的暴力」を提起してから、平和学の対象領域は広がり、貧困や開発、ジェンダーといった日常生活に関わるテーマも含むようになった。[35]
わが国で平和学講座を開講している大学は国立26大学、私立58大学を数えている。平和記念館また資料館は全国49カ所に所在している。ノーベル平和賞受賞者は74人を数える。平和学はその取り組む課題と方法において、広く認知されてきている。
 
     
     

 

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